キーワード:キラリティ選択的結晶化,光渦レーザー,結晶化ガラス 1.研究の目的と背景 円偏光発光(CPL)とは、キラルな物質が発光する際に放射される左右円偏光の発光強度に差が生じる現象であり、左右円偏光の吸光度の差である円偏光二色性(CD)とは相補的な現象である。近年、3Dディスプレイのバックライトや光暗号通信、キラルセンシング、セキュリティ、そして農作物の生長促進用光源など、CPLは広範な領域での応用が期待されている。現在、キラルな構造を持った有機化合物や希土類錯体、フォトニック結晶がCPL材料として研究されているが、低い化学的・熱的安定性、長時間を必要とする高コストな合成プロセスなどの課題がある。 筆者はこれらの課題を解決するためにキラルな結晶構造を持ったセラミックスを用いることを着想し、希土類添加セラミックス蛍光体を新たなCPL材料として利用するための研究を進めてきた。この研究では、キラルな無機結晶であるLaBSiO5(LBSO)の結晶構造のキラリティとCPL特性を詳細に評価するために単結晶を用いた。SiをGeに変えたLaBGeO5(LBGO)はLBSOと同じ結晶構造をもつキラル結晶であると同時に、容易にガラスを形成する。所望の形状や大きさへの加工が容易なガラスを熱処理することでガラス中に結晶を析出させる結晶化ガラス法を用いれば、CPL材料としての応用をより強力に推進することが可能となる。LBGOガラスの結晶化は、まず表面での結晶核生成に始まり、熱処理を経ることで結晶ドメインがガラス内部に成長していくという表面結晶化プロセスをとる。片方のキラリティを持った結晶をガラス中に成長させるためには、表面に片方のキラリティを持った核を作る必要がある。 ここで、これまでのキラル結晶化に関する先行研究をまとめておく。D. K. KondepudiらはNaClO3水溶液を攪拌しながら結晶化すると、一方のキラリティの結晶のみが析出したと報告した1)。また、W. L. Noorduinらはアミノ酸溶液への円偏光照射によって、一方のキラリティのアミノ酸の選択的析出を達成した2)。最近では、石井らはフラスコの回転方向を変えることによって、凝集した金属錯体の配向がキラルになることを報告している3)。セラミックスでは右水晶が工業的に生産されている。有機化合物を鋳型としたキラルなナノシリカ構造体の報告もあるがバルク材料への適用は難しい4)。光渦を用いてキラルなナノ構造体東北大学■工学研究科■応用物理学専攻■( ■ ■年度■奨励研究助成(若手研究者枠)■■■■ ■ ■ ■■■ ) 助教■木崎■和郎■を構築したという報告例は、尾松らによって積極的に報告されている。2012年ごろに尾松らは厚さ2 ㎜程度のタンタル板に光渦円偏光特性を持った1064 nmのパルスレーザーを照射することによって、タンタル板表面にらせん状のナノ構造体が構築されることを報告した5,6)。 さらに2014年には、アゾポリマーフィルム上でも同様にらせん状の構造体が構築可能であることを明らかにした7)。これらの研究は、光渦を用いたらせん状構造体の構築が材料の材質によらない、広い適用性を示唆するものである。また注目すべきことに、最近尾松らは光渦レーザーをNaClO3水溶液に照射することによって、NaClO3のキラル結晶化を達成したと報告した8)。 以上の背景から、ガラスをキラリティ選択的に結晶化させるためのキラル源として、本研究では角運動量を持った光である光渦に着目した。ガラスは過冷却液体である。NaClO3水溶液からのキラル結晶化のアナロジーから、LBGOガラスに角運動量を持った光渦レーザーを照射しながら加熱することで、ガラスのキラル結晶化が進行する可能性がある。 ガラスはランダムな構造をもつ準安定相である。そのため、加熱によって熱力学的により安定な結晶相へ変換する結晶化ガラスの技術が盛んに研究されてきた。しかしながら、これまでガラスはもちろん、セラミックスの分野においてもキラリティという概念はほとんど注目されてこなかった。特に無機ガラスとキラリティとを取り上げた研究などはこれまでなく全く新しい発想である。そして、これはガラス科学に新たな分野を開拓すると共に、新しいガラスのレーザー加工技術を生み出すことも期待できる。 本論文では、光渦レーザーを用いたLBGOガラスのキラル結晶化に関する研究の成果を報告する。本研究では、下記の3点を明らかにすることを目的とした。 1, 結晶化にはどれぐらいのレーザーパワーが必要なのか? 2, レーザー照射による結晶化によってキラル結晶が析出するか? 3, 光渦レーザーの照射によって析出結晶のキラリティを制御できるか? ■− 384 − 円偏光および光渦レーザーを用いた キラル結晶化ガラス蛍光体の作製法の開発
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