天田財団_助成研究成果報告書2024
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キーワード:ナノインデンテーション,マグネシウム,分子動力学シミュレーション 高い比強度や比剛性,振動吸収性を有することが知られている1).現在主要な構造材料として使用されている鉄鋼材料と比較して資源も豊富であるため,省エネルギー社会を実現するための軽量構造材料としての利用が期待されている.しかしながらマグネシウムの結晶構造は対称性の低い六方稠密(HCP)構造であるため,等価なすべり系の数が少なく,主すべり系である底面すべりの室温での臨界分解せん断応力(CRSS)は他の柱面すべり,錘面すべりといったすべり系と比べてきわめて低い2).ゆえに底面に関しては容易にすべり変形が生じるが,非底面のすべりは生じにくいという顕著な変形異方性を有し,それに起因する塑性加工性の悪さが所望の形状にMgを加工する上での課題となっている.Mgの塑性加工性向上のための指針を得るに当たっては,塑性変形機構を根源的に理解することが必要であると考える. 巨視的に見られる材料の塑性変形は材料中に存在している欠陥の挙動が平均化されたものであり,その構成要素は微視的スケールにおいて生じる一つ一つのイベントである.Mgの塑性変形機構の理解に当たっては,材料の局所的な力学応答を獲得することが可能な材料試験法であるナノインデンテーションを用い,微小領域での塑性変形挙動を解析することが有効であると期待される.ナノインデンテーションにおいて観測される塑性変形に関するイベントとして,圧子の変位バースト現象であるpop-in現象がある.このpop-in現象は転位核生成やその後の転位の集団運動に起因するイベントとして知られている3).ナノインデンテーション中のpop-in現象の挙動を解析することで,Mgの塑性変形機構の解明に資する有益な知見を得ることが可能であると考える. 本研究ではMgの底面および柱面に対するナノインデンテーションの分子動力学(MD)シミュレーションによって,転位核生成に起因する最初のpop-in現象(第一pop-in)が発生する荷重の温度・押し込み速度依存性の予測を実施したので報告する. 2. 解析方法 第一pop-in発生荷重の予測は以下の3段階にて実施する.まずナノインデンテーションMD解析を実施し,pop-1. 研究の背景と目的 マグネシウム(Mg)は実用金属材料の中でも軽量であり,東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 (2021年度 奨励研究助成(若手研究者枠) AF-2021038-C2) 助教 佐藤 悠治 inに起因する転位核生成が生じるまでの数段階における圧子直下の各原子に生じる応力状態を取得する(Step 1).次にこの原子応力状態を基に,NEB解析によってナノインデンテーション中における転位核生成過程の最小エネルギー経路を求め,転位核生成発生のための活性化エネルギーを算出する(Step 2).そして得られた活性化エネルギーと,温度および押し込み速度を遷移状態理論に基づく確率数理モデルに代入することで第一pop-in発生の確率分布を計算し,発生荷重の温度・押し込み速度依存性を予測する(Step 3).各解析項目の詳細を以下に示す. 2.1 ナノインデンテーションMD解析による応力状態の取得(Step 1) ナノインデンテーションにおける材料中の応力状態を取得するため,汎用MD解析コードLAMMPS4)を用い,直方体状のMg単結晶のモデルの底面および柱面に対し,球状圧子によるナノインデンテーションのMD解析を実施した.底面押し込みの条件での解析モデルを図1に示す.モデルは原子数1,440,000,サイズ32.1 nm×33.4 nm×31.3 nm,結晶方位は底面[0001],柱面[11�00],錐面[112�0]とした.押し込みを行う面以外には周期境界条件を課した.原子間相互作用を表現するためのポテンシャルはWuらによるMEAMポテンシャルを用いた5).このモデルに対して,半径10 nmの球状圧子を速度4 m/sで押し込みを行った. 図1 ナノインデンテーションMD解析のモデル (底面押し込み) − 379 −ナノインデンテーション中のマグネシウムの 局所塑性変形挙動の原子論的解析

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