キーワード:表面界面,非線形分光,アモルファス層解析 近年の固体マイクロチップレーザー技術の飛躍的な進歩により,クリーンルーム内や堅牢な光学定盤(除振台)上といった限定された場所でしかオペレーションができなかった従来型のパルスレーザーシステムは手のひらサイズにまでの小型化が実現してきた.YAGレーザーにおいては,パルスエネルギーが数10mJ(尖頭値:数10 MW)オーダーの小型レーザーの実用化が進みつつあり,産業ロボットアーム等に搭載して様々な姿勢においてレーザー発振させることが可能になってきた.マイクロチップレーザーの更なる高出力化を図り,より高い安定性と耐久性(長寿命)での運用を実現することができれば,レーザー加工の新たな産業応用や生産技術の創出の動きが今後飛躍的に加速することが期待される. 一方,小型レーザーの更なる高出力化に向けて,レーザー発振や波長変換の鍵を握るレーザーデバイス(媒質)の高性能化・高機能化は重要な開発技術要素である.例えば,Cr:YAGとNd:YAGにより1μmのパルスレーザー光を発振する受動Qスイッチマイクロチップレーザーにおいては,数mJ(尖頭値:数MW)の出力強度が実現されてきた.しかし,入射励起光の強度を更に上昇させると過熱によりレーザー媒質の破壊や性能低下が発生するという問題があり,それ以上の高強度化が困難であった.一方,分子科学研究所・理化学研究所の平等グループディレクターが率いる研究グループにより,熱伝導率が35 W/m・K超と極めて高いAl2O3(サファイア)をSiO2(クォーツ)やNd:YAGに接合させて排熱を促進させることで(図1),過熱抑制によりレーザー媒質の破壊や性能低下が防がれ,数10mJ(尖頭値:数10MW)までのレーザー強度の向上が近年報告されている1).従来の限界を超えた高強度のポンプ光の入射でレーザー発振させる可能性が拓けてきており(図1), 高出力発振に向けて接合界面の強度やレーザー耐性について更なる改善や検討ができることが望ましい2). サファイア基板とSiO2(クォーツ),Nd:YAGのような異種の高融点絶縁体物質の接合は一般に極めて困難であるが,表面に存在する不活性層をAr・Ar+ビーム照射によるスパッタリングで除去することにより,それらの接合が可 自然科学研究機構 分子科学研究所 (2021年度 一般研究開発助成 AF-2021212-B2) 准教授 杉本 敏樹 能となる(図2).この技術は,サファイア基板とNd:YAGの多段の面接合の実現(図1)に大きく貢献したが,接合強度・レーザー耐性の観点で課題が残っていることは上述の通りである.実験事実としては,表面活性化処理後にアモルファス層(活性層)が形成され,この活性層の表面のダングリングボンド同士が接合(結合形成)過程に関与している事が現象論的に示唆されているが,接合過程においてアモルファス層が果たす役割も含め界面結合形成の微視的メカニズムは未解明である.既存の限界を突破する高出力マイクロチップレーザーの実現に向けて,原子レベルで高強度な接合を実現するための微視的メカニズムを解明し,その学理に基づいて界面接合プロセスの高度化指針を的確に見出すことが本質的に重要である. 図1.熱伝導率が高いサファイアとの面接合により高出力発振が期待されるNd:YAG次世代マイクロチップレーザー媒質の模式図1). 著者らは,これまで二次非線形光学効果に立脚した和周波発生(SFG)分光などの非線形分光法を駆使した分子計測により,固体表面に吸着した水分子系(固気界面の水分子)の物性や化学的機能を明らかにする研究に注力してきた3,4).しかし,そうした研究経験を,固体と固体の埋没界面接合系にそのまま転用することは困難であった.SFG過程においては固体フォノン・格子振動の運動励起に赤外光やテラヘルツ光が必要となるが,一般に, 振動共鳴するそれらの光は固体のバルクに吸収され透過できないという問題が立ちはだかる.そのため,『固体間の界面接合(図1)』の観測にSFG分光法を適用することは極めて限定的であった. 1.研究の目的と背景 − 330 −光学材料接合界面の非線形分光計測による 次世代マイクロチップレーザーデバイスの高度化
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