1.研究の目的と背景キーワード:レーザ溶融積層造形,タングステン合金,宇宙推進1・1 研究背景気体やプラズマを噴射しその反力を推力とする宇宙用エンジンでは,一般にエネルギー源の温度が高いほど性能(比推力=燃費の指標)が向上する.宇宙での冷却は基本的に輻射放熱のみであり,水冷等は困難であるため,極限の高温に耐える耐熱材料の開発は極めて重要である.高温を得る方法はいくつか存在する.アーク放電では熱損失が大きく,原理上40%以上の高い推進効率(推力パワーと投入電力の比)は望めない.そこで筆者らは新たに図1に示す多層の電熱ヒータにより気体を加熱し噴射する「多層電熱エンジン」を提案した.多層電熱ヒータの製作にレーザ溶融法(SLM: Selective Laser Melting)による三次元積層造形を適用し,ニッケル合金アロイ718の0.2mmの薄肉造形に成功,製造コストの大幅な削減を達成した.薄肉壁を流れる電流により壁はジュール加熱される.ガスは外側から導入され,薄肉壁と熱交換し,最終的に中心軸上の超音速ノズルから噴射される.多層ヒータは外側ほど低温,内側に進むほど高温となるため,各層が断熱層の役目も果たし,本質的に断熱性が高い.実験の結果,90%以上の熱効率(ガスエンタルピと投入電力の比)を実証した1).ノズル効率を80%とすると,70%以上の推進効率が期待図1旧設計:アロイ718多層ヒータ(左)と多層電熱エンジン(右)名古屋大学工学研究科航空宇宙工学専攻(2020年度一般研究開発助成AF-2020225-B3)准教授杵淵紀世志される.これは現在実用化が進んでいるホールスラスタを凌駕する効率である.また,ホールスラスタほどの比推力(約2000秒)は達成できないが,原理上,比推力と推力は反比例の関係にあるため,本エンジンは高効率・大推力という差別化された優位性を有し,優れた燃費と短期間での目的地への到達を両立する新たな宇宙ミッションを切り拓く可能性を有している.前述の通り実験により高効率と大推力を実証したが,加熱する推進剤の温度はアロイ718により1000Kに制限され,燃費の指標である比推力は400秒程度に留まり改善が望まれる.そこで,推進剤温度2000K(水素利用時で比推力700秒に相当)を目指し,純タングステンに着目しレーザ溶融法によるヒータ造形に取り組んできた2).レーザ溶融法による多層ヒータ製作上のポイントは,純タングステンの強度・剛性を維持した上での0.2mmの薄肉かつ100mm級の長尺造形である.ヒータの電気抵抗は薄肉,長尺であるほど大となる.アロイ718で実現した肉厚0.2mm,高さ100mmであっても,電流100A・電圧10Vで依然として大電流の作動となり,ケーブルや電気接点での電圧降下,つまり電力損失が大きくなるため,薄肉化により電気抵抗を増し電流を抑えつつ,十分な強度を確保する必要がある.高さ■■■■■■■ ■■推薬(ガス)ポート簡易ヒートシールド(■■■)ガスの流れ圧力容器(■■■)チャンバ温度■■■■■薄肉壁肉厚絶縁体(窒化ホウ素)ガスの流れ多層ヒータ多層ヒータ多層ヒータ多層ヒータ多層ヒータ多層ヒータ(アロイ(アロイ(アロイ■■■ノズル(■■■)■■■■■■)直流電源■■■■■■■■− 254 −薄肉タングステン合金のレーザ溶融積層造形法の開発と宇宙エンジン用電熱ヒータへの応用
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