キーワード:ダイアモンドNVセンター,縦型光導波路,高空間分解能 高齢化社会が抱える「医療・福祉業界の人材不足」「社会保障制度の財政不足」「労働力減少による経済活動の鈍化」「高齢者のQOLの低下」「孤立による孤独死や認知症の進行」「高齢者の経済格差」などの問題の対策が重要となってきている。 現在日本では人口の30%弱が高齢者で、2025年にはそのうちの1/5が認知症になる可能性があるといわれており、高齢化による認知症対策は最重要課題となっている。この課題に対して最近の医学は著しく進歩しており、アルツハイマー病や認知症の初期段階においての有効な治療が開発されている。ところが、医療の現場においては認知症の早期発見が難しいことから開発された有効な治療が受けられないケースや、物忘れの患者に対して認知症の治療を行ってしまうケースなどにより認知症患者を増加させてしまうという問題が起こっている。 脳の活動状態を明らかにする脳磁図(以下:MEG)は、ヒトや動物の脳の神経活動時に生じる電気活動を磁場の面から記録するものであり、磁気共鳴画像(以下:MRI)測定と合わせて脳神経のつながりが解明されてきている。MEGは脳波測定と比べて皮膚や骨による影響および空間的な歪みなどが小さく、高感度・高時間分解能での計測を実現しているが、使用するセンサーは超低温環境(-269℃)を必要とする超電導量子干渉素子(以下:SQUID)であるため装置が巨大であり、測定時には被験者の身体が固定されるため生活の中での脳の活動状態を測定することができない。またSQUIDの物理的な大きさにより空間分解能が制限されており、脳の神経伝達機能等を研究して認知症や神経疾患を解明する為には、もっと空間分解能が高く常温で測定できる装置の開発が必要である。 そこで本研究では認知症の初期段階を脳神経の萎縮や脱落の変化からとらえるために、常温でSQUIDと同等の高感度を持つダイアモンド窒素-空孔センター(以下:NVセンター)を用い、脳神経の伝達時に起こる微小で微弱な磁場を高空間分解能で測定できる素子の開発を行った。ダイアモンドは加工が難しいが、その安定した結晶性のために時間による変化がなく、高温・低温にも強く、衝撃や傷に強く、安定的でかつ長寿命の測定素子である。この特性のため人体に対して影響が少なく、ヒトを対象とし1.研究の目的と背景 日本を含め世界規模で高齢化社会に移行しつつあり、超京都大学化学研究所 環境物質化学研究系 (2020年度 一般研究開発助成 AF-2020214-B2) 特定研究員 黒瀬 範子 た測定を行う研究では最適な材料である。本研究により常温・高感度微小磁場測定素子が実現できた場合、患者への負担が少ない方法で、日常生活の中で脳神経の活動をとらえる事が可能となり、認知症などの初期段階に起こる脳細胞の委縮や脱落などの変化を明らかにできることが期待される。このことにより、早期発見・早期治療による認知症患者の減少を実現できると考えている。 2.実験方法 2.1フェムト秒レーザーによるダイアモンドNVセンター領域の作製 神経細胞の軸索から発生する磁場を「その場観測」によってとらえ、神経そのものを測定すると、神経の位置と伝達状態が記録できるようになる。そのためには、1.ピコテスラの微弱磁場を常温で測定できること、2.空間分解能が細胞の大きさ以下であること、3.その場観測が可能であること、4.非侵襲であること、5.常温でウェアラブル測定である事の5つの要件を満たすことが必須である。 これらの要件を満たす素子開発のためには、窒素ドーピングダイアモンドにあるNVセンターの磁気観測感度を現状より2桁向上させる必要がある。NVセンターの感度は負荷電状態のNVセンター(以下:NV━センター)の数と質によって決まることが分かっており、高感度に磁場を測定するために高濃度高品質のNV━センター領域の作成が必要である。そこで、最初にフェムト秒レーザー(波長532nm、パルス幅280fs、繰り返し200kHz、以下:fsレーザー)を用い、ダイアモンド内の任意の場所に高品質のNVセンター領域を作成する方法を開発した。 実験は図1-a)で示すように、ダイアモンドの表面から厚み方向(以下:Z方向)に40µmの位置に焦点をセットして30mWの強度のレーザーを3分間照射した。次にX方向に2µmの間隔をあけて同じ条件で3 分間照射した。同様に図1-b)で示す配置で5点の照射を行った。この方法により、各レーザー照射位置と作製できるNVセンターの相互関係を明らかにできるとともに、広範囲でNVセンター領域を作製するための条件を調べることができた。 照射した領域のNVセンターの状態を調べるために、ラマン装置(励起光:532nm)を用いてPL測定を行った。測定はダイアモンドの表面からZ方向に1µmごとに行い、 − 210 − レーザー誘起ダイアモンドNVセンター作成法の開発 ウェアラブル脳磁計開発のための
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