キーワード:冷間鍛造,摩擦係数,焼付き,有限要素解析 潤滑性能を評価するための試験法が開発されてきた.申請者らも前方押出し型鍛造や後方押出し型鍛造を模擬した試験法を開発してきた.前方押出し型鍛造では局所的に大きな圧力が素材に作用する.また,後方押出し型鍛造ではパンチ先端での素材の大きな表面積拡大が生じる.環境対応型潤滑剤がこれらに適応できるかどうかを調査することは,実用化にむけて非常に重要である. これらの試験法では,有限要素解析を援用することで潤滑剤の使用環境に近い状態での摩擦係数が同定できる.これは,実際の鍛造部品の工程設計に数値解析が用いられる近年の動向に対して,入力すべき摩擦係数が精度よく見積もることができるという大きなメリットを有している.また,通常の生産機械を用いることができる点も実生産に近い状況での摩擦係数を同定することに大きく貢献する. しかし,潤滑性能評価においてはまだいくつか課題が残されている.ここでは,その中でも, 1) 摩擦係数の成形速度依存性の評価 2) 急激な潤滑状態の変化のリアルタイム検出・予測 について調査を行う. 1) については,固体潤滑剤に対して定性的に潤滑状態の加工速度依存性を指摘している論文は多くあるが,加工速度依存性を考慮した摩擦係数の同定という定量的な試みについては,国内外でまとまった研究成果はない.かつて,鉄鋼およびアルミニウム合金について,加工速度の影響を考慮した環境対応型固体潤滑剤の摩擦係数を同定しようとしたが,得られた摩擦係数の値は不合理であった1).これは,摩擦係数を見積もる際に用いる較正線図を作成する際の数値計算において,精度の低い変形抵抗曲線や熱伝達係数を用いたことが原因と考えられた.そこで,本研究では,後方押出し型摩擦試験法を対象とし,より高精度な材料(素材および工具)の変形抵抗曲線,熱伝達係数などの境界条件を用いてより高精度な較正線図を作成し,摩擦係数の加工速度依存性を明らかにする. 2) については,潤滑性能試験において,固体潤滑剤の素材変形への追従性が低いと,素材表面が工具に凝着する「焼付き」が発生する.従来では,焼付きの状況は,実験後の素材および工具表面の観察によりその程度を評価することのみが行われていた.そこで,本研究では実験中の1.研究の背景と目的 冷間鍛造での環境対応型潤滑剤の開発に合わせて,その静岡大学 工学部機械工学科 (2021年度 一般研究開発助成 AF-2021006-B2) 教授 早川 邦夫 工具に作用する力(加速度)をピエゾ素子を組み込んだ固定用ボルト(ピエゾボルト)にてピックアップし,その過渡情報を信号処理することで,焼付きの発生タイミングやその程度を定量化し,検出や予測技術に応用する.ここでは,2018年度天田財団一般研究助成(AF-2018005)により助成を受けた「サーボプレスによるチタン合金ボルトの温間鍛造プロセスの開発」2)において開発された冷温間チタン合金用の前方軸−後方押出し形摩擦試験法を用い,試験中の摩擦の変化や凝着の際の変化を効果的に取得できるようにボルト取付け位置の検討,信号変化の解析を実施する. 2.摩擦係数の成形速度依存性の評価 2・1 実験装置の概要 図1に示す前-後方直缶押出し型摩擦試験 (WCL試験)は,パンチ表面での表面積拡大が大きい後方押出しを模擬したものである1).パンチ表面の摩擦状態により,前方および後方の押出し高さHLおよびHUが異なることから,潤滑剤の摩擦特性を評価できる.また,あらかじめ数値解析にて作成したHLおよびHUとストロークSPの関係に及ぼす摩擦係数μPの影響を示す較正線図を用いることで,パンチ面のμPを推定できる. WCL試験法では,ダイス面の摩擦係数μDも試験片の形状に影響を及ぼすため,先行してμDを推定するためのWC試験を行う.WC試験では,パンチのランド部長がB = 0.5 mmであり,加工に及ぼすμPの影響を無視できる.WCL試験と同様に,あらかじめ数値解析にて作成した較正線図からμDを推定する. 2・2 潤滑剤 本研究では,図2に示すような2液2層型の環境対応型潤滑剤を使用した.上塗り層は摩擦低減効果と材料流れの向上の役割を担い,下塗り層は材料へ強固に密着し焼付き防止の役割を担う.化成被膜潤滑剤と比較して環境対応型潤滑剤は潤滑処理工程を短縮し,その過程の中での廃棄物の量を抑えた潤滑剤である3). 2・3 実験および解析条件 表1は,本研究における試験条件を示す.試験には,サーボプレス(AIDA NS1-1500)を使用した.材料には,SCM420(JIS)を用いた.試験片の表面処理条件として側− 164 − 冷間鍛造工程における摩擦係数の成形速度依存性の解明 ならびに焼付きのリアルタイム検出・予測
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