キーワード:フェムト秒レーザー,レーザー干渉加工,薄膜,電子位相ホログラム 1.研究の目的と背景 1980年代にチャープパルス増幅法1)が開発されて以降,高いピークパワーを有するピコ秒~フェムト秒の超短パルスレーザーが実用化され,それに伴い様々な材料加工・改質技術が実現された.近年では,それらの先端技術が産業的にも普及し始め,レーザーアブレーションによる高品質な機械加工や,材料表面にナノ周期構造を形成して撥水・親水性を付与する表面改質技術などが登場している. 超短パルスレーザーによる加工は,従来用いられてきた大出力の連続レーザーやナノ秒レーザーによる材料加工技術とは異なる,いくつかの優れた特性を有している.レーザーパルスの持続時間が材料の熱伝導や格子振動の時間スケールと同じ程度か,それより短時間であるため,材料を構成する原子を瞬時にプラズマ化して除去する,レーザーアブレーションを引き起こす.これにより,材料加工における熱影響部やリキャスト層およびクラックの発生を最小化することができ,優れた加工品質を実現できる. 超短パルスレーザーのもう一つの特徴は,その非常に高いピークパワーに起因して,材料とレーザー光の間に非線形な相互作用が生じる点である.通常であれば,材料物質が吸収しない低エネルギーの光子(長波長の光)であっても,多光子励起過程による各種反応が生じ,材料を加工することが可能である.例えば,波長800-1100 nm程度の超短パルスレーザーを,高い開口数(NA)をもつ対物レンズでガラスの内部に集光すると,光の密度が高い焦点付近の小領域でのみ,選択的に加工を行うことができる.多光子励起過程が生じる領域とそれよりも光密度が低い領域との境界は,光強度に応じてしきい値的に現れ,結果としてレーザー波長よりもずいぶん小さな100 nm以下の加工分解能を達成することができる2,3). 以上に述べたレーザーアブレーション加工の特徴を要約すると次のようになる. 1)材料に対する負荷が小さい高品質な加工が得られる. 2)非線形性を利用してナノスケール分解能が得られる. レーザー光に対して不透明な金属や半導体などの材料に対する加工現象の研究は,超短パルスレーザーが普及する1990年代から多くの研究者によって実施されてきた.その多くは実用性の観点から,ある程度の厚さのあるバルク材に深穴や切断加工を施するような用途が主であり,材料内部にレーザーの集光スポットを形成することが出来ないこれらの材料では,達成される加工分解能は10µm程東北大学 多元物質科学研究所 (2019年度 一般研究開発助成 AF-2019203-B2) 助教 上杉 祐貴 度であった.つまり,2の特徴は非透明材料に対してはほとんど期待されないのが普通である.しかい,もし材料の厚さが集光したレーザーの焦点深度よりも十分に小さい場合には,どのような加工結果が得られるだろうか? 筆者らは初め,電子顕微鏡法の分野で用いられる透過型電子位相ホログラムを作製することを目的に,レーザーアブレーションによる薄膜加工技術の開発に取り組んだ4).このホログラムは,電子ビームの透過損失を最小に抑えつつ,空間位相変調作用を与えて電子ビームの波面を操作するために,厚さがわずか数10 nm材料で作製する必要があった.具体的には,電子の加速電圧が200 kVの場合,電子ビームに位相差πを与えるのに必要なシリコン(Si)および窒化シリコン(SiN)の厚さは,それぞれ36 nmと26 nmである.さらに,このホログラムは支持基板なしに真空中で自立した形状をとる必要があった. 電子顕微鏡用のホログラムや回折格子などの電子光学素子は,ナノスケール分解能の精度が要求されるため,一般に集束イオンビーム(FIB)を用いて作製されることが多い.しかし,高エネルギー(1-50 keV)のイオンビーム照射は,材料に無視できない程の機械的ストレスを与える.そのため,厚さが100 nmに迫るような薄膜材料の加工においては,試料にダメージを与えずに目標の構造を作製するのは,非常に大きな技術的困難を伴うことになる. ここで,筆者らが開発し採用したレーザーアブレーション加工法と従来のFIB法による薄膜加工とを比較すると,以下のような利点があることが分かる.まず,光パルス自体が試料に与える圧力(光圧)は無視できるほど小さいため,ナノメートルの厚さの薄膜材料であってもダメージを与えることなく加工することができる.次に,2本のレーザービームを試料表面上で干渉することで,レーザー干渉縞によるホログラフィックパターンを,試料面上に焼き付けるようにアブレーション加工することができる.つまり,入射レーザーのビームサイズに対応した面積を,シングルショットで加工することが可能であり,FIBの描画加工に比べて圧倒的に高速の加工が実現される.また最後に,レーザー加工は大気中で施すことができるため,試料準備や加工を手軽に実施することができるのも特徴である. レーザーアブレーションを駆使した本薄膜加工法は,FIB法などの従来の微細加工技術では取り扱えない薄い材料―「ナノ薄膜」―を加工可能な唯一の手法であるとい− 271 −フェムト秒レーザーによるナノ薄膜加工と高品質な電子位相 ホログラムの実現
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