800 Wのサンプルでは,表面が溶融し,研削痕が認められない.すなわち,レーザの出力が大き過ぎるため,固液共存域以上に加熱されたことが示唆される. 液相の有無は浸炭速度に影響し,液相が存在するほうが炭素の拡散は促進されるため,より浸炭されやすいことが予想される.しかしながら,金属材料は一度溶融すると,一般的にはそれ以前の特性が消失するため,通常の熱処理では材料の溶融は好ましくない.したがって,本研究においても,サンプルへの浸炭が可能であれば,より出力の小さい640 Wのレーザ照射条件のほうが,浸炭条件としてはより好ましいと考えられる. 3・2 レーザ照射による浸炭状態 640 Wおよび800 Wのサンプルにおいて,表面状態に差異が認められたため,それらの浸炭状態を確認するために,炭素濃度分布を測定した.図4に,両サンプルの表面から内部への炭素濃度分布を示す.測定箇所は,レーザの走査部の中央付近である.いずれのサンプルも,表面炭素濃度の上昇が認められ,レーザ照射により浸炭できていることがわかる.炭素濃度は,内部に向かって緩やかに減少しており,この傾向は通常の浸炭処理材においても認められることから,炭素は拡散により内部に侵入していると考えられる.表面の炭素濃度は,800 Wのサンプルのほうが高い値を示しているが,これは加熱温度が高く,かつ表面が溶融していたことから,炭素が固溶・溶解しやすい状態であったことが要因と考えられる. 小野ら2)は,本研究と同様に,炭化水素ガスを供給しながらレーザを照射し,鋼中への浸炭を試みている.ただし,本研究のような真空浸炭を模擬した手法とは異なり,密閉型の容器は用いず大気圧下で鋼を溶融域まで加熱し,浸炭を試みている.その手法では,浸炭と同時に酸化も懸念され,さらに炭化水素ガスを大気中で使用するため,その取扱いにも注意が必要となる.一方,本研究で用いた手法では,酸化が生じることもなく,炭化水素ガスの取扱いも容易なことから,処理品の品質面や,設備の安全面において 図4 レーザ照射したサンプルの炭素濃度分布 も優位と考えられる.特に,本手法では処理品が固相状態であっても浸炭することが可能であるので,品質においては特に良好であることが示唆される. 次に,640 Wでレーザを照射したサンプルにおいて,照射部の温度を放射温度計にて測定した結果を図5に示す.レーザ照射部は,10秒程度ではあるが,既存の熱処理設備では実現不可能な1200℃以上の温度域に到達していることがわかる.石神ら3)は,プロパンガスを使用した真空浸炭において,炭素流入速度の定量的な解析を行っている.その報告では,1040℃までの炭素流入速度を解析しているが,さらに高温域においても解析結果が成立する場合,1200℃以上で数十秒加熱すれば,内部への浸炭が期待できる.本研究で得られた結果は,その予測の妥当性を証明するものであり,浸炭雰囲気に置かれたサンプルを,レーザにより瞬間的に超高温域に加熱することができれば,極短時間であっても十分に浸炭できることがわかった.石神らは,ガス濃度によって炭素流入速度が変化することも報告しているが,本研究ではガス濃度の依存性は調査しておらず,それは今後の課題である.なお,800 Wのサンプルにおいて,同様の手法で温度測定を行ったところ,最高到達温度は約1500℃であった. 最後に,レーザ照射により浸炭処理したサンプルの断面組織観察結果を示す.写真はレーザ出力640 Wのサンプルのもので,図6(a)はマクロ写真,図6(b)は照射部の表面中央付近をやや拡大した写真,図6(c)は表面中央付近をさらに拡大した写真である.マクロ写真では,レーザ照射による熱影響部がお椀型状に広がっていることがわかる.中心付近は板厚の約半分である1.5 mm程度の深さまで熱影響部が認められるが,それよりも深い裏面側は大きな変化は認められない.すなわち,レーザ照射部は1200℃以上に加熱されるが,そのときの熱は瞬時に周囲に逃げていくことがわかる.そのため,プラスチック容器であっても,溶融することなく浸炭できたと考えられる.次に図6(b)に注目すると,表面から極浅い箇所では組織変化が認められるが,それより深い箇所では顕著な組織変化は認められない.これは,レーザによる加熱領域と,浸炭された領域とは一致しないため,浸炭された領域だけ焼入れ組織に変化したためと考えられる.さらに表面部分を拡大した図6(c)では,組織変化の範囲は表面から0.1 mm弱であることがわかる. 図5 640 Wのレーザ照射時における温度測定結果 − 317 −
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