FORM TECH REVIEW_vol32
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6.痛み評価のための人体実験 6.1 卓上デバイス 5.皮膚のたわみを抑える吸着治具 蚊が穿刺した際には,たわみはほとんど発生しない.これは,蚊が下唇と呼ばれる部位で皮膚に張力をかけているためではないかと考えている.現在,この下唇のメカニズムを解明中であり,FEM解析を用いた穿刺抵抗力のシミュレーションを行っている7).穿刺対象の上面にたわみ防止シートを設け,穿刺対象と完全固着状態とし穿刺対象をたわまなくした場合,穿刺抵抗力が低下する結果が報告されている8)9).このことから,皮膚のたわみを抑制することで痛み低減につながると考え,皮膚を吸着しながら穿刺することができる吸着治具を作製した. 作製した吸着治具を図8に示す.吸着治具の本体は3Dプリンターを用いて作製し,その上面をガラス板にして針が皮膚表面に刺さっていく様子が観察できる構造になっている.針はこの吸着治具の中央の円筒空洞部分に収まり,その内部を前後に移動して皮膚にアクセスする.治具下部に接続されているシリコンチューブでダイヤフラムポンプ(ASONE, GM-20D)から内部を真空吸引して,皮膚を引っ張ることが可能である.この治具を皮膚に押し当てた状態で,穿刺デバイスの先端が挿入されることで内部が密閉される構造になっている. これまでの実験では,穿刺対象に人工皮膚を用いており実際に人が感じる痛みに関しては,そのたわみの量から推察することしかできなかった.そこで,実際の痛みが従来の穿刺と比較してどの程度であるかを検証するために,人体への穿刺実験を行った.従来の穿刺実験系では実験できないため,対人用の穿刺実験系を新たに作製した.定盤の図9 卓上型穿刺デバイスを用いた痛みの評価 上に人の腕を置くための台座を設け,同じ定盤上に穿刺デバイスを取り付けた小型電動スライダーと,吸着治具を配置した.この時,穿刺デバイスの針と吸着治具の穿刺用の穴は同一直線状になるように設計している.図9に人体への穿刺実験の様子を示す. 6.2 実験方法 以下の方法により実験を行った. ①被験者の腕を固定し,消毒を施す. ②吸着治具を腕に吸着させる. ③電動スライダーを前進させ,皮膚近傍まで針先を接近させる. ④条件に応じてデバイスの針を回転させる.電動スライダーのプログラムを起動し1 mm前進・穿刺したのち1 mm後退させる.この間被験者は痛みの具合や,異物感などの感想を詳細に述べる. ⑤穿刺終了後被験者は,想像できる最大の痛みを10,無痛を0とするNRS(Numerical Rating Scale)値で感じた最大の痛みを述べる. ⑥使用した針は毎回交換し,その都度観察する. 以上の工程を被験者4人に対して針回転と吸着治具ありの場合と,どちらも使用しない場合(従来穿刺)について行った.この時,各実験条件は被験者のバイアスを回避するためにランダムに各3回ずつ行った.今回使用した針は,全てPLA中空針である. 6.3 結果 各条件のNRS値を図10に示す.回転吸着ありの場合最大NRS値は3.8,最小NRS値は0.5であった.一方で従来穿刺の場合,最大NRS値は0.5,最小NRS値は0(全く感じない)であった. 従来穿刺と比較して,回転吸着ありにすると痛みが増加するという結果になっている.これは,回転を付与していることによって,ごくわずかな針の偏心や,先端の形状の不良によって,痛覚神経への刺激が大きくなっているものと考える.しかしながら,医療従事者や被験者へのヒアリングの総意として,従来のワクチン注射は施術者による差はあるものの,およそNRS値6ほどであるという意見を得ている.このことから,本PLA中空針は従来のステンレス製針と比較して人体への痛みが少ないということが確認できた. さらに図11に示すように,回転吸着ありでは採血に成功する確率が高いが,回転吸着無しの場合(従来穿刺の場合),その確率が低い.皮膚を吸着することでたわまなくし,針を回転させて皮膚に刺し入れることで,皮膚の深部まで穿刺が行われ,確実に血管を捉えることができたものと考える. また,各被検者の所見として,針穿刺している際と抜いている際に二回痛みを感じるがそれ以外の部分では痛みを感じないという意見があった.これは痛覚神経付近を針先端が通過する時のみに,神経に刺激が与えられているためであると考える. - 30 -

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