❶❶❶歯科用半導体レーザーとフッ素添加過飽和溶液/❷高分子基材の表面の一部(黄色味を帯びた領域)に成膜されたアパタイト/❸一緒に研究を進めているグループ内職員。左から猪瀬智也博士、大矢根博士、中村真紀博士、大沼恵里香博士❷❷❸❸その表面に歯科用半導体レーザーを照射すると、エナメル質様のナノ構造をもつフッ素置換アパタイトを成膜できることがわかった。成膜にかかる照射時間は、さまざまな条件調整により、30秒にまで短縮することができた。いった。さらに、数学者の広中平祐先生(京都大学名誉教授)が創始した「数理の翼夏季セミナー」への参加も、理系進学を決定づけた。 1993年に京都大学 工学部工業化学科に進学した大矢根博士は、小久保正教授(現・名誉教授)の生体材料に関する講義に興味を持ち、研究室の門戸を叩いた。そこでアパタイトをはじめとする生体材料の基礎を学び、博士(工学)取得後の2002年4月、産総研の研究員となった。 2013年には、中村真紀博士が新入職員(研究員)として同じグループに着任し、一緒に研究を進めるようになった。中村博士が取り組んでいるのは「過飽和溶液法にレーザー技術や分子技術を組み合わせ、機能性CaP粒子をつくる技術開発」。膜と粒子というちがいはあるものの、2人は密に連携して研究を進めている。 また、大矢根博士は3人の子どもを持つ母親でもある。子どもたちが小さいころは、研究時間の不足・研究の遅れに対する焦りから、無理をして体調を崩したこともあったが、「周囲の協力や産総研の支援制度のおかげで、なんとか研究を継続することができました。素晴らしい共同研究者・スタッフに恵まれたと思います」と語っている。19歯面改質・高機能化技術としての応用に向け 「現在行っているヒト抜去歯牙由来の歯質基材を用いた研究は、通常の診療を超えた医療行為をともなわない、非介入の臨床研究(観察研究)に分類されます。介入研究へと進むためには、生成膜の力学的性質・耐久性評価などに加えて、細胞や動物を用いた安全性・有効性の検証も必要です。より使いやすい技術への改良や反応機構の解明など、今後検討すべき課題は多く、まだまだ道半ばの状態です。歯面の改質・高機能化技術としての応用に向けて、さらなる研究開発が求められます」(大矢根博士)。 「過飽和液中レーザー照射法」では、歯面の標的域を迅速に改質・高機能化できるので、歯周病やう蝕といった口腔感染症の予防や治療への応用が期待されている。歯周病は、中高年の過半数がかかっているとされる国民病で、永久歯を失う原因の第1位である。第2位がう蝕で、歯周病とあわせて歯科の二大疾患と言われている。いずれも、細菌によって引き起こされる口腔感染症である。 「たとえば、加齢や歯周病によって歯茎が下がると、強靭なエナメル質に覆われていない歯根面(セメント質)が露出してう蝕にかかりやすくなりますが、ここに抗菌性のフッ素置換アパタイトを成膜できれば、歯根面のう蝕を予防できるかもしれません。口腔の健康は全身の健康、生活の質(QOL)に直結します。人々の健康増進に貢献できるよう、これからも研究開発に取り組んでいきたい」(大矢根博士)。「実験が楽しい」からはじまった 大矢根博士が化学に興味を持つようになったのは高校生のとき。理科の担当教諭が熱心なタイプで、毎週のように実験の授業があり、希望者には放課後も実験をやらせてくれた。そこでさまざまな実験を体験し、化学を好きになって科学への興味を持ってもらうための働きかけ 「子どもは好奇心の塊で、虫や動物、石、星、雨など、自然界のいろいろなモノ・事象に興味を示します。そうした好奇心や疑問、感性を大事にしてほしい。最近は、あらゆる情報をインターネットで簡単に入手できますが、子どもたちには是非、自分の目で見て、手で触れて、耳で聞いて、考える『実体験』を大切にしてほしいと思います」(大矢根博士)。 産総研つくばセンター一般公開(現在は「特別公開」に変更)などで、自身が高校時代に体験した結晶析出の化学実験を提供したという。 「参加してくれた子どもたちは、目を輝かせながら実験に取り組んでくれました。こうした『実体験』を通じて、科学への興味・関心を深めていってほしい」(大矢根博士)。
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