天田財団ニュース No17
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産業技術総合研究所の大矢根綾子博士18産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門大矢根 綾子 総括研究主幹生体に倣った成膜技術の研究 産業技術総合研究所(産総研)ナノ材料研究部門・大矢根綾子博士(総括研究主幹)は、基材の表面に生体組織となじむ物質をコーティング(成膜)することで、その表面を改質・高機能化するための研究開発を行っている。 通常、生体には体内に侵入した異物をさまざまな機構によって排除しようとする自己防御機能が備わっている。こうした反応はウイルスなどの外敵から身を守るためには重要だが、体内で長期間用いる生体材料においては問題となることがある。アパタイト(歯や骨の主要無機成分)をはじめ、ある種のリン酸カルシウム(CaP)化合物は異物反応を起こしにくく(生体親和性)、骨組織と直接結合する(骨伝導性)ことから、人工骨の素材として利用されているほか、金属製インプラントの表面改質剤としても臨床応用されている。 金属製インプラントへのアパタイト成膜技術としては、溶射法などの高温プロセスが主流だが、体液に類似のCaP過飽和溶液中で基材表面にアパタイトを析出させる「過飽和溶液法」が、生体バイオミネラリゼーションに倣った温和な成膜法として注目されている。この過飽和溶液法では、有機高分子などの低融点基材にも成膜できるほか、天然骨ミネラルに類似した構造・組成を有するアパタイトを成膜することもできる。しかし、複雑かつ長時間の工程を必要とするため、実用性に劣るという欠点があった。「過飽和液中レーザー照射法」の開発 そこで大矢根博士たちが開発したのが、過飽和溶液法にレーザー照射プロセスを組み合わせた「過飽和液中レーザー照射法」。従来法の欠点であった複雑な前処理も、長時間の過飽和溶液への浸漬工程も必要としない、簡便・迅速(30分以内)な成膜技術である。各種基材(高分子、金属、セラミックス)に有効で、さまざまな生体材料の表面改質・高機能化に利用できる。そのうえ、レーザー光非照射域に影響を与えることなく、照射域のみ選択的にアパタイトを成膜できる。なお、この研究の萌芽期に天田財団の2015年度「一般研究開発助成」に採択されたことが、研究の加速につながったそうだ。 大矢根博士たちは、迅速で簡便、部位選択的といった「過飽和液中レーザー照射法」の強みを活かした応用先として、歯面改質に着目。北海道大学大学院 歯学研究院と共同で、歯質のモデル物質(焼結水酸アパタイト基材)を用いた基礎検討を行った。そして、フッ素を添加したCaP過飽和溶液中に設置された基材にNd:YAGレーザーの非集光ビームを30分照射することにより、基材表面のレーザー光照射域にフッ素置換アパタイトを成膜できることを明らかにした。また、この方法で得られるフッ素置換アパタイト膜が、う蝕(虫歯)原因菌に対する抗菌性と、焼結水酸アパタイトを上まわる耐酸性(歯質保護機能)を併せ示すことを明らかにし、歯面改質剤としての有用性を基礎的に実証した。 次のステップとして、ヒト抜去歯牙由来の歯質基材を用いた研究を進めた。基材をフッ素添加過飽和溶液中に設置し、モデル物質と同条件でレーザー光を30分照射した結果、モデル物質と同様に、照射域のみにフッ素置換アパタイトを成膜でき、歯面を抗菌化できることを確認した。 さらに近年は、Nd:YAGレーザーに替えて半導体レーザー(波長808 ± 10 ㎚)を用い、技術改良を進めている。改良法では、歯質基材の表面に十分なレーザー光吸収性を付与するため、前処理として、800 ㎚付近に吸収極大波長をもつ光吸収剤インドシアニングリーンを基材の表面に塗布する。塗布後の基材をフッ素添加過飽和溶液の中に入れ、生体材料や歯面の改質・高機能化技術の開発より健康的な暮らしの実現に向けて

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