光学素子の開発を目指した。研究の特徴は固体ではなく、気体(オゾンガス)を光学素子として利用することだ。オゾンを含む酸素ガスに紫外レーザのパルス光を制御しながら周期的に当てることで、通常の音波と比べ、ケタちがいに大きな粗密の波を励起させることに成功。その結果、ガス中に大きな密度変調構造を生成でき、高い効率で光を回折できることを実証した。これにより開発した厚さ数㎜の小型ガス回折光学素子は、従来のガラス製光学素子の100倍以上の高エネルギーのレーザを扱える耐力を持ち、平均回折効率もガラス製と同等レベルの性能を確保している。 また、回折格子としてだけでなく、紫外レーザの照射条件を変えることで、集光レンズとして機能することも実証している。パルスレーザ加工においては、対象物にレーザ光を集光するレンズが必要になるが、開発したオゾンレンズに置き換えれば、高温のデブリがレンズに付着する従来の問題を解決できる。それによって「完全メンテナンスフリー」のパルスレーザ加工の実現が可能になった。 「まだ実験に着手したばかりで、ガスの中の粗密波の振動をどう制御していくか模索をしている段階です。最終的にはCWレーザ加工機に使用される最終集光レンズや液晶などの空間光変調素子に適用できる光学素子を開発し、試験機を作製したい」(道根特任助教)。 産業界の課題に直結している内容だけに、採択された研究の成果が産業界にもたらすインパクトが大きく、加工機の革新にもつながることが期待される。13❶❶❶オゾンガスを流して光学素子をつくるための実験装置。モニター(右)で粗密の波を観察する/❷「ガス媒質の光学素子」の研究を始めたときに作製した装置。手探りでのスタートだった/❸現在製作中のガス光学素子生成用サブナノ秒UVレーザシステム。光ファイバーを冷却するための工夫が凝らされている❷❷❸❸CWレーザに使える光学素子の開発を目指す 性能の高い光学素子ができはじめると、次第に道根特任助教の意識も社会実装へとシフトしていった。今回採択された「長寿命気体中粗密波構造を利用した加工用ファイバーレーザー制御素子の開発」は、より産業界のニーズを意識した研究となっている。道根特任助教はレーザ加工機メーカーを訪ね、話を聞く機会を得た。そして産業用レーザとしてはパルスレーザよりCWレーザが主流であることやメーカーが抱えている課題についても知ることができた。 現在、道根特任助教が開発済みの光学素子では時間変調特性がCWレーザに適していない。そのため、本研究では気体中の時間的に振動しないエントロピー波のみを利用した「長寿命の気体光学素子」の開発を目指す。これには外部光による音波成分の急速な減衰方法の開発やリーマン減衰の利用など、大振幅波そのものに対する基礎研究、エントロピー波を利用して回折光学素子を生成する原理実証実験、エントロピー波を時空間で重ね合わせた長時間波面手法の開発などが必要になってくる。イニシアティブを取るために協力者が必要 すでに米国やドイツの研究者が道根特任助教の研究に着目し、気体光学素子の研究をはじめている。 「もう競争がはじまっています。そうした中でどうイニシアティブを取り続けるかが難しい。研究は基本的にすべて私一人で行っており、外部の大学や研究所との共同研究もようやく立ち上がったばかり。海外のチームに負けないためにも共同研究者を増やしていきたい。また、企業との連携も大切です。開発した技術が企業の製品に使われれば、それだけでも宣伝になります。産学両面で協力者がほしい。研究成果は社会実装までいかないとただの研究で終わってしまいます。とにかく露出を増やし、機会をつくり、社会に貢献できる研究成果として発表していきたい」(道根特任助教)。 現在の役職は特任助教。外部プロジェクト予算により、ガス光学素子をレーザ加速システムに組み込む目的で雇用されている状態で、プロジェクト終了とともに契約が切れる。ガス光学素子の今後の展開によって、その後の異動先を考えたいという。 道根特任助教は「異動先については、その時に一番この研究を評価してくれるところにいきたいと思っています。博士後期課程に進んで以降、毎日研究ができて楽しくて仕方がありません。研究が夜中まで続いてしまうこともありますが、まったく苦になりません。手を動かしながら考えるのが性に合っている気がします」と笑顔で語っている。 趣味は登山で、特に雪山が好きだという道根特任助教。ゴールを目指して地道に進む、無心に集中して行うという点において、登山と研究は共通しているのかもしれない。
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