天田財団ニュース No16
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教授が担当する高温物理化学研究室では、過去に「熱拡散率」の測定を行っている。このときに開発した解析手法は国際標準化機構などでも評価され、工業用部品に遮熱コーティングを施す際の熱拡散率の決定法として、ISO18555に規定されている。 そして今回の研究では、「熱浸透率」を高精度で測定できる方法の開発を目指す。すでに確立した「熱拡散率」の測定方法と、「熱浸透率」の測定方法を、同一のサンプルに対して同時に行える体制を構築すれば、信頼に値する酸化スケールの熱伝導率が決定できるようになる。 遠藤准教授らはこれまで、熱浸透率の測定に「ホットスリップ法」という方法を用いてきた。ただしこの方法は、測定できる温度が室温に限られていた。ほかの方法を探る過程で、茨城大学の太田弘道教授らが開発した「表面加熱・表面検出レーザフラッシュ法(FF法)」という測定方法に着目した。これはパルスレーザを耐熱容器に照射して加熱し、その後の温度減衰を測定することで、容器の内部にある「液体試料」の熱浸透率を明らかにする方法である。遠藤准教授らはこのFF法の原理を応用し、2023年夏からの3カ年計画で、「固体」である酸化スケールの熱伝導率を決定できるレーザフラッシュ装置の開発に取り組んでいる。 本研究では、FF法の固体用レーザフラッシュ装置を作製し(図❶参照)、予備実験を行う。この実験では、最適な酸化スケールの厚さを決定したうえで複数の試料を作製し、加熱後の温度変化を赤外線検出器で検出。得られた熱浸透率を、文献値と比較して検討していく。そして本実験では、鉄板を熱酸化して作成した酸化スケールを用いて、室温から数百度に近い高温環境での測定を積み重ね、熱伝導率を決定する方法を確立していく計画だ。 「製鉄プロセスに関係する分野は、国内・海外ともに女性研究者は少数派。ところが熱物性の国際会議に出席すると、女性の割合が多いと実感します。しかも、熱物性はほかの研究分野と比べて競争が少なく、解明されていないテーマも多いのです。だからこそ、長期的に取り組める仕事だと思っています」と、遠藤准教授は話す。 2019年にはドイツのフライベルク工科大学の招へい研究員として、博士課程の学生指導のために1カ月にわたって活動した。2022年4月から芝浦工業大学 工学部 材料工学科の准教授となった。高温物理化学研究室では、研究活動と並行して、修士課程の院生4名と学部生8名、合わせて12名への研究指導・教育を担っている。 自身のワークライフバランスについては、「2人の子どもの母親として、17時には必ず帰路に就けるよう、日々の実験計画を緻密に組み立てるなど、強い意志を持って時間管理を行っています」と語る。11❶❶❷❷❸❸❶今回の研究に使用する表面加熱・表面検出レーザフラッシュ法(FF法)の装置の概略図/❷実際に作製中のFF法の実験装置/❸パルスレーザを照射する装置をはじめとしたFF法実験装置の中核部分/❹FF法に使用する試料❹❹未解明の部分も多く、今後が期待される分野 遠藤准教授は、2003年に東京工業大学で博士課程を修了して博士(工学)の学位を取得。同年に同大学の鉄冶金に関する研究室で助手となり、鉄の生産プロセス研究に従事した。2007年に助教となり、産休・育休からの復帰後は酸化スケールに関する研究を主に手がけてきた。熱物性の測定技術に、宇宙産業からも引合い また、遠藤准教授は日本鉄鋼協会のフォーラムなどで、鉄鋼メーカーの技術者とも意見を交換しながら研究を進めている。 「熱物性の研究は地味な活動の積み重ねであり、華やかさはありません。重要な測定値が得られたとしても、生産の現場で使われなければ価値を生みません。ですから、『いつか私が測定した値を使ってもらえたら良いな』という期待や望みを持ちながら、日々、研究にまい進しています」(遠藤准教授)。 自身の研究を「地味」だと称する一方で、研究している熱物性の測定技術は、社会からの関心が高い宇宙産業からも引合いがある。現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究者らとともに、将来の月面でのインフラ整備や資源利用などで必須となる、月の表面に存在する堆積物の熱物性調査にも協力している。過去には小惑星「りゅうぐう」の熱物性調査にも協力した。こうした実績が示すように、遠藤准教授らによる熱物性の研究成果は、宇宙産業の技術開発にも資する価値を内包している。

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