天田財団ニュース No16
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*1取材時(2024年2月) *2結晶構造が変わることになります。高温では冷却水と鋼の間には水蒸気があって、比較的ゆっくりと冷やされます。その後、300℃あたりまで鋼表面の温度が下がると鋼と水が直接接触して(この温度を『クエンチ点』と呼ぶ)、そこから先は冷却速度が急速にアップすることが、過去の実験で明らかになっています。鋼の表面には実際には酸化スケールがあって、酸化スケールの特性でクエンチ点が変わってきます。つまり、“邪魔者”だと思っていた酸化スケールの特性をうまく利用して熱を制御すれば、鉄鋼製造で消費されるエネルギーやCO2排出量の削減に貢献できる可能性があるのです」(遠藤准教授)。 こうした認識は近年、製鋼分野の研究者の間で浸透しつつある。だが従来の熱物性研究は、室温でのデータ測定にとどまっていたり、実験値ではなく文献値を用いるなど、信頼性に欠ける面があった。遠藤准教授らは、こうした課題をクリアすべく、このたび世界で唯一となる、酸化スケールの熱物性に関する新しい測定方法を考案した。10遠藤理恵准教授(中央)と「高温物理化学研究室」の院生・学生研究室訪問4芝浦工業大学 工学部 材料工学科遠藤 理恵 准教授*1“邪魔者扱い”だった酸化スケールを、味方につける 芝浦工業大学 工学部 材料工学科の遠藤理恵准教授の研究テーマ「酸化スケールの熱伝導率決定のため固体用表面加熱・表面検出レーザフラッシュ装置の開発」が、天田財団の2023年度「一般研究開発助成」に塑性加工分野で採択された。 遠藤准教授は自身が担当する「高温物理化学研究室」のメンバーとともに、製鉄所内の熱間圧延工程に着目し、熱物性と伝熱の観点から、温室効果ガスの削減に寄与できる研究を進めてきた。鋼の熱間圧延は800〜1200℃もの高温で行われている。加熱や圧延の工程では、高温の鋼が空気中の酸素と反応して、鋼の表面に厚さ数十㎛の酸化スケール(皮膜)が生成される。酸化スケールが付着したまま圧延を行うと、製品の表面に疵が生じる原因になる。そこで製鉄所では高圧水などを使ってスケールを除去している。ただし、機械部品やビルの材料などに用いられる炭素鋼の生産現場では、水で除去してもすぐに鋼が再酸化し、常に製品の表面に付着している状態となる。酸化スケールはいわば“邪魔者扱い”だった。 「仕上げ圧延後の工程では、900℃に近い高温の鋼に水をかけ、500〜400℃まで冷却が施されます。この工程では鋼の相変態*2もともないますから、温度制御がとても重要信頼に値する熱伝導率を決定するために 酸化スケールを利用して、高温の鋼を効率的に冷却するには、クエンチ点(急冷開始点)がどのような要因で決まるのかを解明しなければならない。そのためには、酸化スケールの性質を深く知る必要がある。実は、酸化スケールの内部には不規則な穴が開いている。 「穴の量や酸化物の種類によって、熱伝導率(熱の伝わりやすさ)には2ケタもの差が生じます。にもかかわらず、これまでの研究では、信頼性に欠ける熱伝導率の文献値を使わざるを得ませんでした。だから、常にモヤモヤ感があったのです」と、遠藤准教授は語る。 酸化スケールの穴の状態は、生産現場の環境によって大きく左右されるため正確な密度の測定は難しい。「ならば、測定に適した最適な酸化スケールの厚さを実験装置でシミュレーションしたうえで、単位体積あたりの熱容量を正確に測定すれば、密度がわからなくても、熱伝導率を決定する方法が確立できるはず」と考えた。 酸化スケールの熱物性を正しく把握するために、遠藤准鉄鋼生産のプロセスで生じる“皮膜”の熱物性を解明し、CO2削減に貢献するメーカーの技術者とも意見を交換しながら、研究にまい進

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